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広島高等裁判所 昭和55年(う)73号 判決

主文

原判決中、被告人弘中勝之、同松村賢二の有罪部分を破棄する。

被告人弘中勝之を懲役二年に、同松村賢二を懲役一年にそれぞれ処する。

この裁判確定の日から被告人両名に対し各二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

原審の訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人村岡清(被告人弘中勝之関係)及び同小野実(被告人松村賢二関係)各作成の控訴趣意書(同小野実作成の控訴趣意書の一部訂正申立書を含む)記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官平野新作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、弁護人小野実(被告人松村関係)の控訴趣意について

論旨は要するに、「(一)、原判示第一事実につき、本件においては、山口県信用保証協会本部の決定指示に違背して、同判示の不動産に対する抵当権設定登記を経由しないまま信用保証書を小島一二に交付したことが背任罪になるかどうかが問題であつて、被告人松村が高林商店の試算表を修正せしめて右協会本部に稟議したことなどの前提事実は無関係であるところ、右信用保証書を交付した者は相被告人弘中で、右交付は同被告人の独自の判断によるものである。被告人松村は、その交付について相被告人弘中と共謀したこともなく、全く関与していない。(二)、原判示第二事実につき、同判示の各信用保証書の交付は、いずれも相被告人弘中が前記協会岩国支所長として同被告人に委任されている権限内において、独自の判断に基いて決定交付したもので、単なる事務上の補助者に過ぎない被告人松村に背任罪が成立するいわれはない。また、信用保証協会の信用保証の特殊性を考慮し、信用保証をした当時における小島の事業経営能力、事業に対する積極的な姿勢、事業の発展性などに照すときは、各債務保証は適正妥当な措置であつたもので、結果的に小島の事業が破綻して協会が代位弁済するに至つたとしても、それ故に信用保証当時、被告人松村に背任の犯意があつたとみることはできない。(三)、しかるに、被告人松村が相被告人弘中と共謀のうえ、原判示各背任行為をしたと認定して背任罪の成立を認めた原判決は、原判示第一事実の信用保証書の交付者を被告人松村であると認定説示した点を含めて事実を誤認したもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。」というのである。

そこで、記録を精査し、当審における事実取調べの結果も加えて検討してみると、原判決挙示の証拠によれば、

(1)、相被告人弘中は昭和四〇年三月から同五〇年二月まで山口県信用保証協会(以下、協会という。)岩国支所長として、被告人松村は昭和四七年二月から同五〇年二月まで協会岩国支所長代理として、いずれも中小企業者等から、右中小企業者等が銀行その他の金融機関から融資を受けることにより金融機関に対して負担する債務の保証承諾の申込みを受けた際、申込者の資格、資産状況等を的確に調査して返済能力の有無を判断する責務を有するほか、被告人弘中においては、所謂一般保証について支所長に委任された権限に基き、一企業者に対し合計七〇〇万円までは自己の判断により信用保証をすることができるが、これを超える金額については前記調査結果を正確に記載して意見を付した調査説明表によつて協会長に稟議し、協会長が指示した事項についてはこれを遵守するなど、また、被告人松村においては、支所長代理として相被告人弘中の右職務を補佐し、支所長不在の場合にはこれを代理決裁するなど、いずれも協会のため誠実に職務を執行する任務を有すること。

(2)、昭和四九年九月二〇日ころ、小島一二(旧姓高林一二)は自己が事実上経営する酒類販売業高林商店(名義人は小島の義母高林アサコ)の運転資金の融資を金融機関から受けるため、協会岩国支所に対し高林アサコ名義で金一〇〇〇万円の債務保証承諾の申込みをしたこと、被告人両名は、小島から融資の必要な事情を聴取した結果、高林商店が営業を継続するためには金一〇〇〇万円の融資が不可欠であると判断したが、右申込みが一般保証でしかも支所長に委任された金額の範囲を超えるものであるから、協会長の決定指示を受けなければならないため、相談のうえ、協会長に具申する意見については信用保証が得られる方向で具申することにしたこと、そこで、被告人松村は、小島が高林商店の営業状態を示すために持参提出した同商店の試算表に記載の貸付金一億一九七万八四〇二円を一三〇〇万円と、借入金一億五七三八万五二五七円を六八四〇万六八五五円と各減じ、売上高金七四〇五万八二四四円を七九〇五万八二四四円と増加させるなどの措置をとつて試算表を書き変えさせたうえ、調査説明書には業況収益性より毎月二五万円の返済は充分出来ると考えられる旨記載して協会本部に具申したこと、協会長は、右意見具申に基き、原判示第一記載の不動産に対して抵当権を設定することを条件として信用保証することを許可し、その旨の信用保証書を同月二五日に岩国支所に送付したこと、被告人弘中は、翌二六日ころ小島に対し抵当権設定手続に必要な書類を交付したが、その後、小島から融資の必要性の急迫を理由に信用保証書の交付を求められるや、同月二七日ころ未だ抵当権設定登記がなされていないのに信用保証書を小島に交付したこと、小島は翌二八日山口相互銀行岩国支店から金一〇〇〇万円の融資を受け、その結果、協会は同額の保証債務を負担したこと(原判示第一事実)。

(3)、被告人両名は、原判示第二事実別表(一)記載の各申込年月日に、小島から、前記高林商店の手形決済資金等の融資を金融機関から受けるため、各記載の申込者名義で各記載の保証額の債務保証承諾の申込みを受けたこと、ところで、当時協会岩国支所は、小島に対して別紙第一記載の如く高林商店名義だけでも金二五〇〇万円の一般保証をしていたため、右各申込みを承諾するには支所長の権限内ではできず、協会長の決定指示を受けなければならない場合であるのに、これを受けることなく、被告人松村と相被告人弘中は相談のうえ、各記載の日時に支所長に委任された権限内の事項として各記載の信用保証を決定してその旨の各信用保証書を小島に交付したこと、小島は同記載の日時に同記載の金融機関から合計九五〇万円の融資を受け、その結果、協会は同額の保証債務を負担したこと(原判示第二事実)

以上の事実が認められる。

ところで、原判決は、「罪となるべき事実」第一として、信用保証書を小島に交付した日時を「九月二五日」と判示し、「弁護人の主張に対する判断」第一の二項において、前同日信用保証書を小島に交付した者は被告人松村であると認定しているが、被告人松村及び相被告人弘中の原審公判廷における各供述及び捜査官に対する各供述調書によれば、被告人松村及び相被告人弘中は信用保証書を小島に交付したのは相被告人弘中である旨終始一貫して供述するところであつて、その供述内容は交付した日時について多少の齟齬がみられるものの、交付した動機として相被告人弘中が述べるところは十分首肯し得るのであり、交付者について作為的に虚偽の供述をしていると推認せしめるような事情も窺われないところであつて、措信し得る。これに反し、小島は、原審公判廷における供述及び検察官に対する昭和五一年七月二一日付供述調書において、九月二五日に被告人松村から信用保証書を受け取つた旨供述しているが、小島の信用保証書受領に関する供述内容は、信用保証の条件として不動産に対する抵当権設定などの要求はなかつたなど、被告人松村作成の本件調査説明表の内容に比して不合理な内容を包含するうえ、当時資金融資を急いでいた小島が九月二五日に信用保証書を受領しながら同月二八日まで融資を受けなかつたという不自然さが残り、にわかに措信できない。なお、九月二七日には相被告人弘中が岩国市の制度融資についての委員会に出席しているが、同委員会の開催場所は、協会岩国支所のある建物である岩国商工会議所内であるから、同日同被告人が交付したとしても前記判断の支障となるものではない。したがつて、原判示第一事実の信用保証書の交付については、前(2)認定のとおり交付者は相被告人弘中で、交付日時は小島が融資を受けた日を参酌して九月二七日ころと認定するのが相当である。原判決にはこの点に関する事実誤認がある。

進んで、被告人両名の右各行為が背任にあたるかどうかを検討する。原判決挙示の証拠によれば、

(イ)、小島は、昭和三九年ころに高林アサコの養女高林玲子と結婚し、爾来、酒類販売業を営む高林商店(名義人高林アサコ)を事実上経営する傍ら、昭和四四年ごろから大隅観光株式会社(代表者小島一二)を設立して食堂「一心」を、また、友人と共同してホテル「やまと」を、それぞれ経営するなど多角経営をはじめたが、同四八年ころに土地の転売に失敗し、また、高林商店の取引先であつたキヤバレー「プレイタウン」に対する焦付債権回収のために「プレイタウン」の経営に参加して多額の債務を引受けるなどしたために一億円を超える損失を招き、それ以後、原判決が「弁護人の主張に対する判断」第二の五項で詳細に説示するように金融機関及び同業者主として酒類の仕入れ先などの信用を失い、支払手形の支払期日の短縮、酒類卸元からの取引停止などの事態を招き、殊に、昭和四九年九月ころからは経営状態が悪化して資金繰りも容易でなく、運転資金等の融資は専ら協会の信用保証による金融機関からの借入れに依存していたこと、そして、小島が事実上経営する事業について、昭和四五年以降金融機関から融資を受けるに際して協会岩国支所がその債務保証をした内容は別紙第一記載のとおりであり、また、小島が他人の名義を借用して、自己の事業の運転資金とするため、金融機関から融資を受けるに際して協会岩国支所が債務保証をした内容は別紙第二記載のとおりであつて、右に明らかな如く、小島の経営する事業の金融機関に対する債務について協会岩国支所がした債務保証の回数、金額ともに昭和四九年になつて急激に増加していること、ところで、小島の事業形態は、各事業が独立採算制をとるものでなく、所謂どんぶり勘定で、各事業全体を通じて一企業とみられること。

(ロ)、被告人松村及び相被告人弘中は、小島の経営する事業が少なくとも昭和四九年ころには前記(イ)認定のように悪化し、協会岩国支所の信用保証に基く金融機関からの融資が杜絶えれば倒産の可能性が強い状況にあつたこと及び金融機関からの融資金が手形金の支払等一時しのぎの用途に充てられていて、返済能力もないことを十分認識していたこと。

(ハ)、被告人松村及び被告人弘中は、前記(ロ)のように、返済能力がないことを知りながら、小島の倒産を防ぐため、同人のする債務保証承諾の申込みについては、その経済状態にかかわりなく、出来得る限りこれを認めようとする意思を有し、その方向で処理していたこと、すなわち、原判示第一の事実についてみると、被告人松村において、小島の持参提出した試算表を書き変えさせて虚偽の試算表を作らせ、かつ、調査説明書に小島の経営する事業の実体にそぐわない虚偽の記載をして稟議し、かつ、協会長の決定指示に反して相被告人弘中において抵当権設定登記を経由することなく信用保証書を小島に交付したものであり、また、同判示第二の事実についてみると、小島の経営する各事業が全体として一企業とみるべきものであつて、被告人松村及び相被告人弘中のいずれもこれを十分認識していたのであるから、原判示第二事実別表(一)の各債務保証承諾の申込みについては前記(3)で認定したように協会長の決定指示にかかる事案であるのに、相被告人弘中は、申込名義人が形式上異ることを利用して、支所長決裁として処理して信用保証をし、被告人松村もこれに実質的に加功していたこと。

以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、被告人松村は相被告人弘中と共謀のうえいずれも小島の経営する事業の倒産を防ぐため、同人の利を図る目的で、原判示第一事実については、申込者の資産状況等を的確に調査して返済能力の有無を判断し、右調査結果を正確に具申して協会長宛てに稟議すべき任務及び協会長の決定指示事項を遵守する任務に違背して小島に信用保証書を交付し、同第二事実については、前同様申込者の資産状況等を的確に調査して返済能力の有無を判断する任務及び支所長の権限を超える信用保証であるから協会長宛てに稟議すべき任務に違背し、各信用保証を決定して小島に各信用保証書を交付し、その結果、いずれも協会に対し原判示の各保証債務を負担させて財産上の損害を加えたものと云わざるを得ない。

もつとも原判決は、原判示第一事実につき、訴因として「被告人松村は高林商店の資産状況、売上高などにつき事実に反した調査説明表を作成してこれをそのころ山口市白石一丁目二番七号所在の前記保証協会宛てに送付して稟議し、同協会長をして田中正一外一名所有の不動産に対し抵当権を設定することを条件として保証する旨の決定をさせ」と明示されているのに、「弁護人の主張に対する判断」第四の二項で若干触れるものの、「罪となるべき事実」として右任務違背行為を判示せず、共謀による協会長の決定指示に違反した信用保証書の交付行為だけをもつて背任罪の成立を認定しているが、このように背任罪の構成要件事実のうち、重要な部分を認定しなかつた原判決には、事実の誤認があるといわなければならない。

所論は、原判示第一の事実に関し、信用保証書を小島に交付したのは相被告人弘中であるから、被告人松村には背任行為がない旨主張する。信用保証書の交付者が相被告人弘中であることは所論のとおりと認められるが、本件において、被告人松村及び相被告人弘中が背任の責めを負う所以は、共謀のうえ、小島の資産状況、返済能力の有無などの調査の段階から、試算表を書き変えさせたり、事実に反して虚偽の調査説明書を作成して稟議するなど、本来の任務に違背して協会長の判断を誤らせて条件付信用保証の決定をさせ、その条件にも違背して信用保証書を交付したという一連の手続全体に存するものであるから、信用保証書の交付者が相被告人弘中であるとの故をもつて、被告人松村に背任行為がないと云い難いのである。なお、所論は、被告人松村が試算表を修正させたなどの前提事実は、本件背任罪の成立要件ではない旨主張する。しかし、先に認定説示したとおり、試算表を書き変えさせたことは事実を歪曲したものであつて、的確な調査及びその調査結果を正確に記載すべき任務に違背する行為であることは云うまでもなく、この点は本件公訴事実の重要な内容をなしていることも明らかなところである。

所論は、原判示第二の各信用保証は、いずれも支所長である相被告人弘中において、その権限により、独自に判断して処理したもので、被告人松村は関与していない旨主張する。しかし、原判決挙示の各証拠によれば、当時、被告人松村は小島の経営する事業が危機に瀕し、協会岩国支所が小島の各債務保証承諾の申込みを拒絶すれば直ちに破綻する可能性が強いことを知悉しており、それ故、相被告人弘中と相談して、小島の各申込みを承認する方向で積極的に関与していたことが認められるのである。これを具体的に検討すれば、原判示第二事実別表(一)番号1については、申込みのあつた金二五〇万円が高林商店の手形決済資金に流用されることを知りながら、何ら実質審査をせず、同番号2についても、前記意図のもとに自ら信用保証書を作成して小島に交付し、同番号3については、相被告人弘中とともに、申込みのあつた金五〇〇万円を、支所長決済の枠で処理するため、高林一二名義の一般保証と高林玲子名義の追認保証に分けて信用保証するなどしているのである。したがつて、支所長代理であることの故をもつて、被告人松村には背任行為がないとする所論は採るを得ない。

また、所論は、信用保証協会の特殊性、当時の小島の経営能力などに照せば、本件各債務保証は、その当時としては適正妥当な措置であつたもので、被告人松村に自己の金銭的利得を図る意図がなかつたことと相俟つて、被告人松村には犯意がなかつた旨主張する。しかし、本件各債務保証当時、小島の経営する各事業は全体としてその資産状態が不良で、金融機関からの融資金も逼迫した手形金の支払など、一時しのぎに利用されていて、その返済能力も殆どない状態にあつたこと及び被告人松村も右事情を十分知つていたことは、前記(イ)及び(ハ)で認定したとおりであつて、本件各債務保証が当時としては適正妥当な措置であつたとは到底認め難いのみならず、被告人松村の各供述調書によれば、被告人はこれまでの小島に対する債務保証の状況から、小島が倒産すれば大変なことになると思つて、信用保証をしていたというのであつて、金銭的利欲こそないものの、小島の利を図ることにより、これまでの自己の職務内容すなわち小島に対する信用保証の正当化を図る意図があつたことは否定し難く、本件犯行にでる動機も首肯し得るのであつて、被告人松村に背任の犯意が存していたことは明らかである。

なお、弁護人は、当審公判廷において、協会が代位弁済によつて蒙つた損害は、いずれも本件の連帯保証人が全額償還し、協会には現在損害がないから、本件各犯行は未遂である旨主張するが、本件各背任罪は、小島において金融機関から融資を受け、その結果、協会がこれと同額の保証債務を負担したときに既遂となり、その後における償還は単なる情状に過ぎないから、右主張は理由がない。

しかし、原判決には、原判示第一事実について前に説示したような事実の誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない。

二、弁護人村岡清(被告人弘中関係)の控訴趣意について

論旨は要するに、「被告人弘中には背任の犯意はなく、また、相被告人松村及び小島一二と共謀したことはない。すなわち(1)、原判示第一事実につき、原判示の信用保証書は、昭和四九年九月二七日ころ被告人弘中が小島一二に交付したのであるが、被告人弘中は、信用保証協会の決定指示を無視して交付したのではなく、小島が原判示の抵当権を設定すると信じて交付したのであるから、事務上の過失はあるとしても背任の意思はない。もつとも、原判決は相被告人松村において、担保設定手続書の発行される前に右信用保証書を交付した旨認定しながら、右交付が被告人弘中の意向に基くものであるとしているが、被告人弘中が、そのような指示をしたことはない。(2)、被告人弘中の本件各所為は、私利私欲を目的とするものでないから、被告人弘中には背任行為にでる動機ひいては背任の犯意もなく、相被告人松村又は小島と共犯関係にもない」というのである。

しかし、原判示各事実に関する当裁判所の認定判断は前項説示のとおりであつて、右事実関係に徴すれば、被告人弘中に背任罪が成立することは否定できない。

所論は、原判示第一事実につき、被告人弘中は小島が原判示の抵当権を設定すると信じて信用保証書を交付したものであるから背任の犯意がないと主張する。しかし、前項認定の事実関係によれば、協会長の決定指示は重要な事項であると認められるから、被告人弘中において抵当権設定登記が未だなされていないのに、これを知りながら信用保証書を交付した以上、その内心の動機はともあれ、協会長の決定指示を遵守するべき任務に違背するとの犯意が存していたことは否定し難い。のみならず、前項で説示する如く、本件第一事実における背任行為は、単に協会長の決定指示に違背して信用保証書を交付したというのみでなく、右交付に至るまでの任務違背すなわち、被告人弘中が相被告人松村と共謀のうえ、小島の利を図る目的で、返済能力のない小島に信用保証を得しめるため、的確な資産状況の調査などを怠り、相被告人松村において虚偽の内容を記載した調査説明書を作成して稟議したことも含むのである。したがつて、所論は採るを得ない。

所論は、信用保証協会の特殊性と被告人弘中に何らの私利私欲がなかつたことを考慮すれば、被告人弘中には背任行為に出る動機は全くなく、信用保証の本来の趣旨に従つて本件各信用保証にでたもので、背任の犯意がなかつた旨主張する。しかし、前項で説示した事実関係によれば、被告人弘中は、小島の経営する事業の資産状況が不良で返済能力が殆どないのに信用保証したもので、到底適正妥当な処置とは云えないこと、また、かねて保証業務上、ひんぱんに信用保証をしてきた小島の経営する事業倒産を防ぎ、倒産によつて協会が右保証債務を代位弁済しなければならなくなる事態を遅らせ、もつて自己の職務上の瑕疵をかくす意図があつたと窺われるから、その動機としても十分である。所論は採るを得ない。

弁護人は当審公判廷において、協会が代位弁済によつて蒙つた損害は、本件の連帯保証人が全額償還していて、現在、協会には何らの損害もないから背任罪は成立しない旨主張するが、本件各背任罪は、小島が金融機関から融資を受け、その結果協会がこれと同額の保証債務を負担したときに成立するものであることは、前項説示のとおりである。右主張は理由がない。

しかし、原判決には被告人弘中の関係についても原判示第一事実に関して前項説示の事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。

三、なお、職権で検討すると、原判決挙示の証拠によれば、原判決は、原判示第二事実について、その判示日時における小島の高林商店高林アサコ名義の一般保証額が合計二五〇〇万円であるのに合計二七〇〇万円と誤認しているが、右誤認は明らかに判決に影響を及ぼすものではない。

四、以上の次第であるから、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決のうち有罪部分全体を破棄したうえ同法四〇〇条但書により、当裁判所において、更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判示第一事実を次のとおり改めるほか、原判示第二事実本文のうち「小島には既に高林商店高林アサコ名義で金二七〇〇万円の一般保証および高林一二名義で金三〇〇万円の追認保証がなされており」とある部分を、「小島には既に高林商店高林アサコ名義のみでも金二五〇〇万円の一般保証がなされており」と訂正したうえで、同第二事実(冒頭部分を含む)を引用する。

第一、被告人弘中勝之は昭和四〇年三月から同五〇年二月まで山口県信用保証協会岩国支所長として、同松村賢二は同四七年二月から同五〇年二月まで同支所長代理として、いずれも同保証協会において中小企業者等が銀行その他の金融機関から融資を受けるに当り、その債務保証承諾の申込みを受けた際、申込者の資産状況等を的確に調査して返済能力の有無を判断するはもちろん、支所長に委任された一企業者について合計金七〇〇万円を限度とする一般保証については、支所長の権限でこれを処理し得るが、右委任の範囲を超える信用保証については、右調査結果を正確に記載し、意見を付して同保証協会長宛てに稟議し、同協会長がこれを検討したうえで指示した事項についてはこれを遵守して同保証協会のため誠実に職務を執行しなければならない任務を有するものであるところ、被告人両名は共謀のうえ、昭和四九年九月二〇日岩国市今津一丁目一八番一号所在の前記保証協会岩国支所において、小島一二から高林商店高林アサコ名義で金一〇〇〇万円の債務保証承諾の申込みを受けた際、右小島が当時多額の負債を抱えその資産状態が不良で返済能力がないことを知りながら、その利益を図る目的で、被告人松村において高林商店の資産状況、売上高などにつき事実に反した調査説明表を作成して、これをそのころ山口市白石一丁目二番七号所在の前記保証協会会長宛てに送付して稟議し、同協会長をして田中正一外一名所有の不動産に対し抵当権を設定することを条件として保証する旨の決定をさせたうえ、その旨の信用保証書を受領し、同月二七日ころ、被告人弘中において、右抵当権設定登記がなされていないのに、前記岩国支所において小島に対し右信用保証書を交付し、同月二八日、小島をして岩国市所在の山口銀行岩国支店で前記信用保証に基いて金一〇〇〇万円を借り入れさせ、同協会に前同額の保証債務を負担させて財産上の損害を加えたものである。

証拠の標目(省略)

(法令の適用)

被告人両名の前記各所為はいずれも刑法二四七条、罰金等臨時措置法二条、三条、刑法六〇条に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、いずれも犯情の最も重い前記第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人弘中勝之を懲役二年に、同松村賢二を懲役一年にそれぞれ処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から被告人らに対し二年間、それぞれその刑の執行を猶予することとし、原審の訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人らに連帯して負担させることとして、主文のとおり判決する。

別紙

別紙第一

一、高林商店(高林アサコ)名義

〈省略〉

二、高林一二名義

〈省略〉

三、大隅観光株式会社名義

〈省略〉

四、高林玲子名義

〈省略〉

別紙第二

〈省略〉

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